Q&A: 幼児からの英語学習
1,外国人に対する親しみ易さ
外国人に親しみ、慣れるのは幼少の頃が最も容易であること。
外国語学習は即異文化の体験学習にもなりますが、子供達は何の偏見もなく、外国人を同じ人間として受け入れていきます。
話す言葉や顔つきは違うけれど、お母さんや先生と同じように、悪いことをしたら怒ってやなー、でもいいことをしたり、頑張った時は、ちゃんと誉めてくれてやなー、というような体験が貴重です。
外国語学習は即異文化の体験学習にもなりますが、子供達は何の偏見もなく、外国人を同じ人間として受け入れていきます。
話す言葉や顔つきは違うけれど、お母さんや先生と同じように、悪いことをしたら怒ってやなー、でもいいことをしたり、頑張った時は、ちゃんと誉めてくれてやなー、というような体験が貴重です。
2,大脳生理学的理由
大人の言語活動は大脳の左半球(左脳)に集中していることがわかっていますが、子供においては左右大脳の役割分担がまだ固定化されていないので、脳に所謂”柔軟性”があり、母国語を含む言語活動が活発で、外国語学習に最適な時期であること。
音声面から見ても、大人になってから始めたのでは難しい正確な発音の習得を容易にします。
音声面から見ても、大人になってから始めたのでは難しい正確な発音の習得を容易にします。
3,リアリティの形成と言語習得
言語の本質は音声にあります。
子供は動作や状況と言葉(=音声)を結び付け、言葉と結びついたリアリティの世界を創る過程で、言葉に意味を見出し、有意味だからこそ言葉を習得していきます。そして、このような有意味学習は、中学に入るまでにじっくり時間をかけて、繰り返し繰り返しやる以外にありません。
子供は動作や状況と言葉(=音声)を結び付け、言葉と結びついたリアリティの世界を創る過程で、言葉に意味を見出し、有意味だからこそ言葉を習得していきます。そして、このような有意味学習は、中学に入るまでにじっくり時間をかけて、繰り返し繰り返しやる以外にありません。
4,言語の4領域と習得の順序
言葉には「聞く」「話す」「読む」「書く」の4つの領域があり、人間はそれらを同時に習得するのではなく、順番に習得していきます。
しかし、現在の中学での英語学習はこの4つを同時に学ばそうとしています。
これは言語習得の自然な形に反するものです。
順序を追って、無理なく学習を進めて行く為には、幼児から、遅くとも小学低学年から開始するしかありません。
しかし、現在の中学での英語学習はこの4つを同時に学ばそうとしています。
これは言語習得の自然な形に反するものです。
順序を追って、無理なく学習を進めて行く為には、幼児から、遅くとも小学低学年から開始するしかありません。
5,マジック500時間
外国語学習をする時、その言葉をだいたい500時間聞いた時点から、かなり滑らかに口から出てくるようになると言われています。
これが真実だとすれば、全て英語によるレッスンを週1回60分受け、毎日家庭で10分間のテープ学習をすれば、1週間で約2時間その言葉に接したことになります。
1年で100時間、5年で500時間になります。
英語学習は10年以上にわたる人生の一大事業ですが、コミュニケーションに困らないくらいの英語力を習得するためには、その基礎作りを幼児の時に始めるのが自然です。
以上、大まかに5つの理由から、幼児(遅くとも小学低学年)から英語学習を始める必要があると言えます。
中学からでは遅すぎます。むしろ、中学までが勝負です。
これが真実だとすれば、全て英語によるレッスンを週1回60分受け、毎日家庭で10分間のテープ学習をすれば、1週間で約2時間その言葉に接したことになります。
1年で100時間、5年で500時間になります。
英語学習は10年以上にわたる人生の一大事業ですが、コミュニケーションに困らないくらいの英語力を習得するためには、その基礎作りを幼児の時に始めるのが自然です。
以上、大まかに5つの理由から、幼児(遅くとも小学低学年)から英語学習を始める必要があると言えます。
中学からでは遅すぎます。むしろ、中学までが勝負です。
6,英語学習の二つの現実と私達の目指すもの
英語学習には子供達が直面する二つの現実があります。
一つは、文法・解釈を中心とした学校でのテストと、その延長としての高校・大学入試。
もう一つは、社会に出てから要求される「使える」英語力。
受験英語だけではなかなか使い物にならず、かといって、高度な文法や読解力のない「実用英語」というものもありません。
では、どうすればこの二つの現実を突破出来るだけの総合的な英語力を習得させる事ができるでしょうか。
その答えは、中学までに、ある程度(出来れば中2~3程度)までのコミュニケーション能力をつけさせるしかない、と私達は考えます。
幼児から始め、人間の言語習得の順序に従い、無理なく、じっくりと基礎を養いながら、ステップを踏んで昇って行き、中学入学までに、「聞き」「話す」分野において英検3~4級程度の能力をつけさせることが出来れば、その後、受験英語の束縛を越え、悠々と総合的英語力を身につけていくことが出来ます。(文法や「読み」「書き」は急ぐことはありません。
と言うよりも、むしろ、「聞き」「話す」という音声としての言葉の分野を大きく伸ばしておけば、後になって文法や「読み」「書き」を学習するのにも理解が速く、急速に力を付けていくことができます。) ノースウッド学院は1980年の創立以来、受験レベルの英語を超えた、総合的英語力の養成を目指して英語教育一筋に進んでまいりましたが、これまでに総合的な英語力を身につけた優秀な生徒が数多く巣立っています。
しかし、ただ単に英語のできる子を育てるのが英語教育の目的であってはならないと思います。
外国人の先生との楽しい英語による活動体験から、異なった文化・価値観の存在に気付き、それを尊重していけるようになり、更に世界に興味を持ち、積極的にコミュニケートしょうとする態度を育成していきたく思います。
英語教育といっても人間教育の一部であり、つまるところは、一人ひとりの子供が幸せになる為にあるのだという視点を、しっかり忘れずにいたいと念じています。
一つは、文法・解釈を中心とした学校でのテストと、その延長としての高校・大学入試。
もう一つは、社会に出てから要求される「使える」英語力。
受験英語だけではなかなか使い物にならず、かといって、高度な文法や読解力のない「実用英語」というものもありません。
では、どうすればこの二つの現実を突破出来るだけの総合的な英語力を習得させる事ができるでしょうか。
その答えは、中学までに、ある程度(出来れば中2~3程度)までのコミュニケーション能力をつけさせるしかない、と私達は考えます。
幼児から始め、人間の言語習得の順序に従い、無理なく、じっくりと基礎を養いながら、ステップを踏んで昇って行き、中学入学までに、「聞き」「話す」分野において英検3~4級程度の能力をつけさせることが出来れば、その後、受験英語の束縛を越え、悠々と総合的英語力を身につけていくことが出来ます。(文法や「読み」「書き」は急ぐことはありません。
と言うよりも、むしろ、「聞き」「話す」という音声としての言葉の分野を大きく伸ばしておけば、後になって文法や「読み」「書き」を学習するのにも理解が速く、急速に力を付けていくことができます。) ノースウッド学院は1980年の創立以来、受験レベルの英語を超えた、総合的英語力の養成を目指して英語教育一筋に進んでまいりましたが、これまでに総合的な英語力を身につけた優秀な生徒が数多く巣立っています。
しかし、ただ単に英語のできる子を育てるのが英語教育の目的であってはならないと思います。
外国人の先生との楽しい英語による活動体験から、異なった文化・価値観の存在に気付き、それを尊重していけるようになり、更に世界に興味を持ち、積極的にコミュニケートしょうとする態度を育成していきたく思います。
英語教育といっても人間教育の一部であり、つまるところは、一人ひとりの子供が幸せになる為にあるのだという視点を、しっかり忘れずにいたいと念じています。